第五日目 上海市内・・・魯迅公園、多倫路、南京西路、浦東新区から、リニアカーで空港へ
本日は帰国する日であるが、空港を午後3時発便なので観光がお昼いっぱいまである。
多倫路
この日の8:15にチェックアウトするので出発は8:30、仕度に慣れたから?起床は7時となっている。
まず朝いちで多倫路の散歩だ。 どうということない少し古ぼけたアパート群は、かつて中国黎明の時期の文化を背負った士志の侘び住まいだった。 あまり見るものがないから、てきとうに散らばった屋台に寄っていき、朝っぱらから買い食いとなった。 ここの屋台は殆ど甘味のクレープ、若くはスパイスの利いたナンの様だ。
魯迅公園
約30分して魯迅公園に向かった。 なんとバスで数分の距離で到着した。
門を入ったら中で、もう地元の人が、愛好者同士のグループを作って体操や芸術活動を楽しんでいる。
私には昨年広州で見なれた光景だが、なかなか見ごたえはある。
ガイドのわんさんの勧めにしたがって、ゆっくりした太極拳の列の端について、一行有志が動きをまねする。
ここでも遊びに勘のいい人、覚えのいい人が、分かれるようだ。 私は2,3種の中国拳のまねっこしたあと、
奥へ行った。
公園はさほど広くなく、長さ80mほどの池のまえまでが趣味の集まりのすべてだった。
ここでは40分ほど過ごしたあと、時間は大分早い(まだ11時すぎ!)けど、黄浦江に浮かぶ、フローティングレストランでの昼食になった。
残念、ワンタンメン
気の毒な支配人
スタンバイ前の船上に乗り込んでいくと、2階に上がる一行の後ろから誰かが呼んでいる。けんかになってる。
我々を見た女支配人が「ま、またですか・・・」と苦々しく俯くのが見えた。ここまでのツアーで何度かは観掛けた光景であり、いやな予感がして、もう遠慮パスしたい気にさせた。
参加者一行を二卓のグループに分れたメンバーの前に傾いた円卓。船室を模したこの部屋でも、話題はもっぱら食い物。
ときおり船の通りすぎる波に艀(バルク)はゆったり揺れる。それに気も付かない日本人メンバーに、あきれる。
焼きソバは1皿目なのになぜか辛口。でも一行には受けた。
しかし炒飯はふにゃふにゃで炒め方がいかにも半端な気がした。
そのうち料理の皿が途切れがちになってきた。 かなり時間があいて、妙にうすい味の拉緬が出てきた。そのあと
”予定の時間になりました”と席を立つ時に、ワンタンスープ! 出てきた。
これを頬張ってみると実に美味だったので、でまかせに 『これ、さっきのラーメンに入れたら、
ワンタンメンになったんじゃないですか? あはは…。』 自分で云ってから、気が付いた。
「店側にしてみれば、新鮮な材料で、完全に調理してから出したい。 なのに時間が短すぎて、
むりして先に出来た料理から出すため、出す順番が前後してしまっている。」
…この場合、最も美味で手のかかるワンタン(パオズ)が間に合わなかった、ということに。
ガイドの案内に、大方の人はすでに席を立ってしまっていた。
さいごに席を立つ間際に出たワンタンは、多分ここのメインだから時間がかかったに違いない。
焼きそばや炒飯はその間のつなぎだったのか…。 ワンタンが十数個、山になって残された。
時間がなくなるとわかって、でも出さざるを得なかった!その無理無駄が繰り返されることを、
あの女子給仕長は憤慨していたのだ。
わたしは一昨日来の便秘もあって気分が悪かった。
南京西路
河に面したそとは寒々としていた。バスは旧外人居留地の外難(ワイタン)を廻って、南京西路で我々を降ろした。
大きな繁華街だがあまりに古ぼけて、外国人が観たくなるような素敵な街になっていないのは、ツアー
の老紳士と、すこし歩いてみて、わかった。
鉛色の空からまた時折、小雪がちらほらと…
浦東新区
黄浦江大橋をわたるとすぐ、高さが100m以上のオフィスビル群、いまだ建設途上の浦東新区に入った。
現地人に人気でも無味乾燥な殺風景なので、記念撮影も車内で寝ている人がいた。
「これでもう観光は終わりです。」
「皆さん、お疲れでしょう。 これから、リニアモーターカーにのって、空港に行きますよ。」
リニアカー駅に着くと、ガイド嬢Wanさんは
「世界で一番速いです。アジアで最初に実用化しました。」 「時速410kmでると、スクリーンにでますよ。」
言うことにウソは無く、途中で最高411kmを出して、約15分で浦東空港に着いた。
わんさんは自分は行った事もないのに出国の案内までやった。カウンタ前で皆さんお別れとお礼のご挨拶を。
いままで団体ツアーに参加しなかった私にとり、いろんな意味で、この体験はすごいものに感じた。
(旅行記終わり)
⇒
たけやん旅の記録へもどる