阿片戦争前後の広東を訪ねる旅

4月9日(土) 虎門の戦争博物館と遠元砲台 つづき


砲台への舗道がきれいでも、街灯がなく、きっと夜は散歩できないのだ。

 道なりに歩いていくと途中に遠元砲台、そのさきは鎮遠砲台に達する。 

この博物館~砲台のあいだの食物や土産物の屋台を冷やかして歩くと風が心地良い。

 
団体さんの記念写真だけでなく、ポートレートの舞台としても、
格好のステージらしくモデルになって撮りあう姿も。


日本のお台場はとうていこの規模におよばない。
この砲台の 経過年代には、東京湾岸の富津や観音崎は到底およばない。

ここの大砲はいまでも砲弾が撃てそうだが、裏側がほとんど崩れている。

きれいになっている表側は、完全修復というより増強したものに違いない。


砲台のある場所も遠元、鎮遠のほかに、珠江ぞいにまだ数十か所あるという。

ちょうど17時の閉門になる前にゲートに戻った。路線バスが待っていた。

 停留所の看板に1番か4番のバスルート図があり、見たところ、数か所ある広州につながる客運站
(バスターミナル)に止まるので、そのバスに乗った。目的の東莞客運站(総合バスターミナル) まで
中心繁華街まで乗りつづけたが、とちゅうのホテル (例えばこんな)が堂々として見ごたえがあった。
ほんとに各駅停車なので1時間半かかって、着いたのが19時近くになった。

駅で切符を買うと、5分後に発車だから改札に走って行くと、後から人がパラパラとやって来た。
なあんだ。同じように広州から来て晩くに帰る人が多いとわかったが、意外に思った。遅刻者を10分待ってバス発車。

 バスは広州駅に20時半についた。それから昨日と同じく地下鉄で南沙区の金洲駅に着いたら22時ちかくになった。
タクシーも無い、陸橋の上でバイクタクシーのイケメンが待っていたので、ホテル名「南沙海力酒店」を言うと
知っていたので幸いと乗っかり、パン屋に寄って夜食を買い、ホテルに帰った。



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