ロワールの城巡り(3) フランス5日目〜最後の城巡り



9/30(日曜日) リヨン 3日目の朝、パリへ戻る

 翌あさ、宿から45分ほどLyonPerDieuリヨン駅まで歩いて、TGVに乗ってパリにもどると、さすがに午前中だった。
まず大使館に電話すると、遺失物で届けたものが、発見された連絡がパリ警察から入っている、ということだった。
静かなオフィス街を30分余り探すと、日本大使館は目立たぬ場所にひっそりとあった。本人確認のため氏名住所生年月日を書いて 署名し、先日パリで出した被害届のコピーを見せると本人確認が取れた。だが、サブバッグは大使館にはなく、発見者の依頼で第三者が 預かっているという。かなりややこしい。
 ひるすぎに大使館を出て、その足で警察署に発見の届けを出すと、今朝から何も食べなかったのに気付いた。
所持金は僅かだから、サンドイッチも半分づつ食べて節約。 まずはそれを預かっている、発見者の知り合いの
Mさんに電話する。 だが、電話がなかなか通じない。在宅ではないし携帯もつながらないから、クレジットカードの取戻しは まだまだ道が遠かった。
 ここは折角だからパリ観光に切替える。でも予算が無いので、Mさんのお住まい近辺のパリ市内で過ごすことにした。
ポンピドーセンターがあったが入場料が、残った宿代と飯代の合計を越えそうなので入場を避けた。 近くに明るい広場に
小中学校のリセーがあり、そばをサンマルタン運河がゆったり流れる、静かな街だった。 そこで夕方まで何度かに腰掛けてすごした。
 そうこうするうち夕方になり、くり返し電話を掛けていると、M女史に連絡がついた。 彼女は
 『いまパリ市の外にいますが、今日と明日の日中は戻れません。でも明日10/1の
夜なら会えるかもしれないから、明日また電話してください。』
 やれやれ、もう1日だ。
物価の高いパリ市内だし、これで金欠もスッテンテン、秒読み段階に入ったから、当夜はパリの安宿に泊まる(20∈)
ほかない。華人パリっ子のやっている惣菜屋の炒飯を100g、惣菜を30g採って貰い食べると、本当に美味くてせめての救いとなった。



10/1(月曜日) 首の皮一枚で流浪を脱する

 翌日は何を観てどう過ごしたのか、パリ下町の裏側を歩いたのは記憶している。
しかし、日中につながった電話で話しができ、夕方遅くに指定された洒落て飲食店に入ると、M女史は窓近くの
落着いた席を用意して待っていた。
よく利用する店だそうだ。彼女は三十半ばの小柄な人で、ファッション関係の仕事でパリにいると語った。
彼女は横の席に置いてある、見覚えのある青いサブザッグを私に渡した。中身を確認するとほぼ無事だ。使い込んだテレスコープと
CDプレイヤーが無い以外は、中に日本円260円とクレジットカードの入ったサイフ、書類などはさいわい無事だった。
 繁華街のお店の建物1Fの柱の根元においてあったそうだ。 それを変だと思った現地の人が中を見て日本人の
ものと判ったが、地元のパリっ子なので盗った疑いを避けたいので、知人のパリ在住の日本人女性に預け、
遺失物として届けられたのであった。私は彼女にたいし、とんだ迷惑をおかけしましたとお詫びを申し上げ、パリっ子のお知り合いには、
帰ってから手紙をつけてお礼しますと伝えた。30か40分のあいだ、緊張に羞恥も混じってふらふらでカフェを出た。 
その後どう過ごしたかは憶えていない。ただ、翌朝は何もお腹に入れず、Republique広場からBastille広場辺りの銀行を探して
BNP パリバ銀行に入場。カウンターで親切な上司と若い女性行員のペアを煩わせ、クレジットカードで250∈(32000円)をfinanceしてもらった。 BNP パリバさん、ありがとう!



その足でオステルリッツ駅から普通電車に乗り、Toursツールに向かった。

10/2(火曜日) もどったカードで資金を調達、またツールへ城巡りに

 とにかく2日で出来るだけ観てまわらないといけない。数日前に泊まったHotel de Europeにした。 
数日前に見なかった裏町市街を半日かけて歩いた。
ツールは地方都市であっても、様ざまな施設がある所で、生活を楽しむに不足はなさそうだ。
 午前中にTours駅の情報コーナーで得た情報で、午後に城のあるAzey-le-Ridoux
アゼイルリドー夕方のコンサートがあると知り、もしかして電車で(約30分)行けば観れると思いつき、
午後すぐの電車で行った。

 町は澄んだ川が縦横に流れる閑静なたたずまいの田舎で、天気は強い陽射しで焼けそうだ。
すずしい風がいつも流れていた。 適当にある店にも客があり、土曜日の町は潤っているようだった。
 城を見学し、小さい城下町を撮り歩いた後はすることも無かった。
木蔭で、もう癖になったサンドをかじっては居眠りする。 この午後は長く感じた。
  ⇒Azey-le-Rideaux アゼイ・ル・リドーのスナップ

 三時頃、にわかに人の往来が増えてきたと思っていたら、まもなく開場という。会場は城の2階の大広間だ。
 1階の臨時の受付で”Operetta”と印刷されたチケットを買って階段を上がる。と、もう半分近い席がいっぱいだ。
古典劇の題目は、イタリア・ルネッサンス期の農村のある一夜、祝祭に集まった若い人達の織り成すひと時の物語。
 イタリアルネッサンスの楽器(リュート、リコーダ)と歌のオペレッタ約1時間×2幕で34∈。
 しかし2幕目の途中、19時半をまわる頃、かえりの電車がなくなるので、私はぬけだした。なにしろ来るときに
1時間半歩いて来たから最終の21時の前には駅に居なきゃならないわけだ。

 城の門までもどると閉まっているので、
往生していると、向こう側から若者7,8人がやってきた。
「こんばんは。これからお芝居を観に行きたいんですが、お城はどこですか?」
「ここ、ここがお城です。わたしも今、見て来たところです。」 「あなたは日本人?みょうにフランス語が出来るね?」
「彼女も日本からきてるんだよ」 ・・・急に無駄話が始まったが、
お城はすぐにそこだよ。芝居はまだ間に合うから、1階から入るといいよと教え、バイバイした。
パリから車で来たんだと言う。やっと大学に入ったような、いや高校生のようだった。

 だんだんと暗くなる帰り道は、来たときより長く感じた。最終1つ前の電車でツール駅に帰ったのは10時ちょっと前だった。
電車で居合わせたきれいな女子学生にきいた。彼女の話しでle plus joli(最高に素敵)なのは、
Villandry(ヴィランドリー城)といった。
迷うまでもなく明日は是非そこへいくと、決めていた。

10/3(水曜日)またロワールを徒歩で城巡り

 Langeais(ランジェ)城。小さいけど全体が、要塞の町という感じ。
TOURS(ツール)駅から2駅、25分余りで着いた。お店と飲食店が数件あった。
  ⇒Langeais ランジェ城のスナップ
 ランジェの街を1時間くらい見て、しばらく地図を眺めていて、思案した。 Villandy (ヴィランドリ)に近い駅は、
これ以外にない。ここからヴィランドリ城まで約15km、歩けば半日(3〜4h)はかかる距離だ。

 格好の地点まで来ているが、現在の体力を考えれば引き返すのが尋常かな…。しかし可能性があるので、トライすべきか。
途中でなんども、立ち止まっては、地図を見て、考えた。
 3kmほど歩いたところで昨日のAzey-le-Rideauxなど城への矢印看板が見え始めたので、
昨日歩いてきた交差点にきたと判った。左に道を取ればVillandryへの道につながる。
やっと、ヴィランドリーに達する道が見つかった。 ここまで45分ほどで来たので、
このぶんなら、なんとか到達できそうだ、などと想いながら、ひた歩いた。
  ⇒Villandry ヴィランドリ城のスナップ

翌日は旅の疲れもたまり、ツールの市街を歩いた。繁華街は旧市街と離れた所に綺麗な新市街があった。
つよい個性のある街ではないが、ただ道幅のわりに、さっぱりして小奇麗で、パリより歩きやすい。
夕方までツールで過ごし、深夜パリに入り、ド・ゴール空港を、深夜23時発の帰り便に搭乗した。
この旅行ではアエロフロート便を使ったので、モスクワで乗り換え、翌日夕方に成田に帰った。
アエロフロートの食事は、黒パン、ボルシチなど十分なボリュームで空っ腹を満たしてくれた。

今回のロワール城廻りの旅行記、これで終りです。
長い記録をご覧いただいて、まことに有り難うございました。
また当時お世話になった方々には感謝の仕様もありませんが、
この記録をもって感謝に代えさせていただきます。

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