初めての海外パリひとり旅
する仕事がないわたくしは1994年ころ、1ドル100円台の円高と、
パリ5泊7日で9万円の格安ツアーを見つけ、まずは体験と、申し込んだ。
東京を1月10日午前発のANA直行便がパリに着くと、日付はまだ前日の深夜だった。
翌朝、オプションのパリ半日観光ツアーのあと、いっきにフリーの個人旅行が始まった。
個人旅行の実態は、話せない・訊けない・食えない・わからない(・笑えない)
・・・おそるべき四重ないし五重苦の試練の連続だった。
とくに海外旅行とか個人旅行がはじめての人にとっては。
向いの女性ペアのおひとりは、合い方が部屋から出る気をなくして、どうしようか、ぼやいている。
ペアは99%やや若い女性で、そろって冬のバーゲン"Solde"の、どうもご常連のようす。
てんきはセーヌ川の遊覧船が洪水の種、運休するという暖冬。
次の試練は交通機関。 どの線の地下鉄でどの駅でおりれば、面白そうなところに行けるか、
余裕を持って計画すればよさそうなものだが、交通機関を決めず安易に外出していた。
実際に行こうという段になって、パリの交通機関や街路表示をほとんど理解できなかった。
というより当時、西洋の骨董に嵌って美術品・装飾品を重点的に見る、という目的に絞っていた。
見学先をあまり研究せずにツアーに飛びついた形で、また行き先の選択するにも予備知識は不足で、
どの分野のものは、どこに行けば見れるか、場所もわかっていなかった。
革命が始まり、国民議会があった広場、Palais Royaleの跡。
天気はしかし最終日までずっと悪かった。時おり生ま暖かい雨の降るぐずついた空模様がつづいた。
やっぱり、パリでは海外ひとりの試練を感じた。最初は、食事だった。
昼食はほとんどフランスパンのサンド。これがボリュームっもあって安い。とくに、地下鉄駅にある"Pomme de Pain"
日本から同じツアーできている同宿の人に、銀座のお菓子屋さんがいた。
彼氏はパリ本場の菓子作りをを見学に来ているといった。立派な体格は、どう見ても西洋料理のシェフのように見えた。
ホテルの近くにこじんまり手ごろなレストランがあった。あとで聞くと、最初の晩、かれはその店を見つけた。
偶然わたしも見つけていたが入らなかった。彼はその晩に入って夕食をしたという。
plat de jour (日替わり) を注文して、味はなかなかいいよといってた。 体格差もあるが、なにか先を越されたと思った。
雨の Tuirelie チュイルリー宮殿
ほぼ毎日のようにホテルのContinental Plan 朝食で腹いっぱいにしてから出かけた。 夕刻にまで引きずっていた、餓えをしのぐために。Paris市美術館 PetitPalais
Paris市美術館の展示
レストラン利用は3日目昼のフレンチ"Verdi"、4日目夜のイタリアン、6日目昼(カルチェ・ラタン近いギリシャ料理"Zeus")の
やっと3度。