第4日目 (現地ツアーバスで、明十三陵墓、万里長城)


 昨夜は早めに就寝。6時半にセットしたアラームで起きて、すぐ地下鉄で前門に向かう。 ちょうど広場に渡る手前、南側のバスストップに、
長城・明十三稜に行く観光ツアーバスのチケット売り場があった。外人も乗れるか売店で訊いてokなのでGet。
もう時間が七時近く、他の旅社のツアーバスはそろそろ出発していたからだ。
 じつは前日、他の旅社の社員に故宮で勧誘されていた。そのときは
「明日参加するのなら、バスで朝6時半にお宅のホテルに迎えに行くので、料金はそのとき払ってください。」
 長城行きはしたかったが、昨日の段階は宿が決まってなかった。
 ぜひ乗りたかったが1日早い。昨夜ホテルから電話でそこに丁重に断りを入れたのだった。
(中国青年旅社というパンフに各国の外国人たちも写っており、接客態度からして対応もよさそうだったが)

 本日の当ツアーバスは7時半過ぎ、前門を出発した。 この旅社は北京旅遊集団といって北京市の資本が入っていた。
 他の会社をみると100元が相場と思われたが、料金120元には各施設の入場・観覧料と昼食が含まれていた。
 バスは30分ほどかけて市内の高層ビル街を抜けると、一路、郊外をひた走った。
 途中一回のトイレ休憩をへて、明十三稜の駐車場に10時頃ついた。

 乗る前に私は彼女に、「長城を見るため日本から来ました。どうぞ、よろしくお願いします、ね。」と、お辞儀した。
道中、ガイド嬢のチャン(28才位)はビル毎に名称、階数や高さ、所有者などを暗唱したままに、立板に水のテンポ
しゃべりまくっていた。 私を除く大半は中国系乗客なので、ガイドが早口でも静かに聞いている。

 定陵は明朝の十三陵中の最大のお墓で考古学的最重要な陵墓とされる(パンフレットにあり詳細は省略)。
 

あたり前なことに、全部地下に埋まっていた。 客観的に言うと、何を見たらいいか判らない史跡の最たるものといえた。
 地下五階ほどの深さまで下りるので10分、地下の石棺や、壁の脇を通るので10分。すぐ、地上に出る。
 私達は入らなかったが、入口の右手にあった歴史博物館を見たら、少ししらけ感が薄れたかもしれない。

しかし我々には、世界最長の建築物、長城を目にする「使命」があった。 だがバスは10分ほど走った郊外の
お土産センターで停まった。 ガイドさん「ここは中国各地から集めた翡翠と玉器の展示館です。 
隣りの売店で買物のあと、11:30に2階でお昼を食べてください。 バスの集合時間は12時です。」とアナウンス。
ちなみにガイドさんは観光地に降りると必ず、私に集合時間と過ごし方を教えてくれた。

玉器を看たくて、博物館の前で足が止まったが、館員に催促されて売店に行った。そこで自分はいったん施設を出て、
今来た別のツアー客と一緒に入りなおし、じっくり見た。展示は海外の鉱物にも及び、他所よりずっと詳しい。

 館内の隣りにある売店では、大は数トンクラスから小は小指の先クラスまで、翡翠の獅子(じつは獅子じゃなくて、
Pi Xyu ピーシューとかいう伝説の生き物)を形どった置きものや、アクセサリーを販売している。 値段をきくと、
置物は旅行トランクに入れて帰えれる、長さ約10インチ(24cm),重さは約5,6公斤(kg)、128元から。
アクセサリーは小指大のが2.5元からあった。
 店員さん「ピーシューは雌雄2匹がお揃いですよ。 縁起ものだから、どうせなら雌雄一緒にどうぞ!」

さあて、腹ごしらえも整い、一行はいよいよ長城へ。 30分ほど居眠りすると前方、谷から上がる山々の、
稜線上に小さく厳つい建物が見えてきた。 よくみるとその間は、堅固な城壁が繋いでいる。 
バスが浸入するにつれて、だんだん構築物のとてつもない規模がわかってきた。 みごとな
城砦が道路の左右に展開する場所(居庸関長城)を通過し、バスは12時40分頃に長城の観光中心、
八達嶺(BaDaLin)の駐車場についた。

  

 

  
 ガイド嬢さん「今から2時間、好きな仕方、好きな場所で八達嶺を観光してください。
          14時40分に出発しますから、その前までバスに戻ってきてください。」 

坂道の駐車場から、道路を数100mも歩いて登った所に「天下第一関」と扁額のある、広場が入場改札だった。

頂上を登るのはさも大変のように云われていた訳が登ってみて判った。 人が多すぎて前へ進まないのだ。

 

途中で休む人の方が多いのも原因といえた。 真っ直ぐ登ろうとする人の2、3十倍の人間が立ち尽くしている。

 
 そんなこんなで、3つ目の胸突き八丁、「北六楼」まで来るのに50分近くが経っていた。
 

 13:20分ごろ、八達嶺に達した(正確には人込みで塞がれて10m手前で引き返した)。 
あとは下りるだけ、ひと安心だ。 登る途中で発見した城壁直下のわき道を秋の陽射しを浴びながら下った。
 13時40分、改札出口に到着。 ここで頂上で切れたデジカメ電池の替えの「南扶電池1.5v」を購入。

 しかし、自分のバスは、このまた数100m下だ。 登るときには気付かなかったトンネルがあり、
通路に土産物の屋台が駐車場まで連なっていた。
 14時10分ころ、駐車場到着。 30分あるので羊肉の串焼きを1つ。土産物など覗く。予想以上に美味い。
もう1つ。記念メダルは刻印させると時間になるかなと眺めていると、ガイドさんと目が合い、ニヤリとなった。
時間までバスに入って待つことにした。

 帰路は予想に反してガイダンスは無かった。 どうやら帰りは完全に休息タイムらしかった。 
北京市内に入るとバスは西三環I/Cから紫禁城の北にある鼓楼大街の商店街をとおり、王府井の西の外れを経由して
前門南広場に帰還した。 昨夜は暗くて気が付かなかったが、
ここはオリンピック当時に出来た繁華街、前門南大街の入り口だった。 

   

    

  
 ちょっとしたプロモーションの衣装は、たいてい清朝風。 なぜかパフォーマンス?が流行

 

 中華丼に似た3点セットは、日本風味付けで40元と安かった。

 しかし、寄席が観れるという老舎茶館は。今日も見つからなかった。

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