第三日目 蘇州市内 ・・・シルク研究所、刺繍博物館、朱家角、夜景クルーズ、上海(泊)
今日の起床時間は6時半。 「出発は…お疲れの皆さまのために、少々遅らせます。」でも、やはり8時20分。
ところでツアー参加者は外見から優に平均60歳を越えるご長寿とお見受けする が、ため息一つもない。 こちらは50歳ばかりなのに睡眠不足で居眠り半分。海外観光の強靭な日本老年の先輩方に、敬礼です。
矢接ぎ早やの超多忙な旅程スケジュールでも、ボヤくことなく、泰然と構える熟年御一行。
なぜそうできるの?
やはり皆さん、戦後間もなくから厳しい時代を生き働いてきた世代の美徳?か。
たんなる旅行慣れ?か。
それとも日頃の習慣なのだろうか。私には、どちらとも判断できない。
車中は私と年齢の近いほう(でも60代)の渡航歴の多そうな(雰囲気が教員)ご夫婦や、旦那さんをお家に置いて外遊の義母娘
などの方々と、どうでもいいことを話しながら、しばし、つぎの土地までお茶を濁した。
この日は観た場所の、順番がはっきり想いだせない。それは、予定した日程とは一部分の順番が入れ
替わっていたせいもある。 そもそも昨日すでに行った無錫は、2日目の午前の予定だった。
きっと1日目午後に予定した蘇州市内観光の博物館・留園が2日目の午前になったから(と想う)。
あそうそう、三日目の話を致しましょう。
シルク研究所(蘇州蘭莉園)
まずは蘇州市内にある、シルク研究所(実態は兼売店)を見学しました。
もちろん見学後は、おとなりのshop につながる仕組みです。
布団中綿になる生糸の1巻きは、意外に簡素な工程で造られていました。
10個の繭から引いた生糸繊維を、1本の糸にして、また10本、また10本と撚り合わせて、いきます。
日本のシルク布団に較べて上質でピエンイー便宜(安価)と。
中綿がシルクの掛け布団¥600元(約1万円)、参加者のうちカップルの過半は、ちらほらとご購入。
中綿の製造は、生糸を巻いた綿の塊まりの4隅を、4人で布団の大きさにひろげる。
これを10〜20度も繰り返すと、もう手作り中綿のできあがり、というわけだった。
布団の表地にある刺繍は、もちろん蘇州ものだろう。すべて日本語で説明できる人がここにもかなりいた。
ツアーガイドのわんさんも 「シルクは生きものです。」「大切に使えば、一生使えます。」 「洗うときは部分洗いです。化学洗剤とドライクリーニングはだめですよ。」
と本職ガイドよりも熱心。何事にも熱心な性格。
蘇州刺繍研究所
おつぎも近所の蘇州刺繍研究所(兼売店)を訪れた。 2階にあがると人間国宝級の先生が幾人かいた。
みると、目に見えないほど細い糸を表と裏から、経糸と横糸を片方だけ、或いは交互に絡めるような作業をしていた。彼らのしぐさとあわせて作品群を見学した。
つぎは広い展示場になっていた。 国宝級が数百万、その他は数十から1万数千円で、おもに額装や
衝立・団扇の枠に飾られていた。すべて光を透過するうつくし〜い、刺繍が値札つきで並べられていた。
昨日からショッピングが続いたから、大きな買物をする人は無かったようだ。
朱家角
この日の午後、本ツアー2番目の水郷。着いたのは、もう4時近くになったと思う。
朱家角でバスを降りると曇り空から粉雪が舞い落ちて来た。
突然の吹雪に、参加メンバーが置き去り!
夕方、先刻らいの暗雲から、みぞれ混じりの突風の吹き付ける荒れ模様となった。
なんと、メンバー母娘1組を置き忘れてバスが発車してしまった。 天候のためか、ツアーバスが約束時刻の5分前に、いったん見切り出発していた。
ガイドたちは、ツアー参加者の忠告でことの重大さに気付いた。 運転手に待つように告げて、すっかり暗く
なった朱家角の町を、風雨の中で参加者二人を探しに行った。 集合の時刻になって吹雪いたのでアシスタントが人数確認のカウントをしなかったためか。
一行とバス運転手は車中で、母娘を探しに行ったガイドさんの帰りを、つごう40分は待っていたと思う。
これにはバスへの道すがら、自分がガイド嬢と中国語で話し込んだのも、失敗に一役買っていたと思う。
少なからず責任を感じたから、夕食レストランに歩く時に、個人的にそのときの話を聞いた。
「天気が悪いときは何が起きるか判らないものです。どうしようもないですね。」など話して少し気を紛らせた。
この日の宿は上海の蘭生大酒店。初日の宿にもどった。 今夜はシャワーの出る部屋になった。
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