第四日目 上海市内 ・・・ 茶芸館、上海博物館、民芸芸術館、豫園、七宝古鎮そして雑技団


この日の起床はごゆっくり、でもやっぱり6時半に朝食が始まり、出発は8:15だった。

 茶芸館での利き茶
 会場の都合で朝一番に茶芸館に行って利き茶を体験した。いきなり飲むのでなく、6種類ほどあるお茶の特徴と効能を、だ洒落を交えた日本語で説明を15分ほど聞いて、利き茶は味見程度に飲む。説明係の方は日本語をここで独学で覚えたという。発音は別にすれば慣れたものだ。 ここも説明する係、勧める係、注文を聞く係、会計係りと、ビジネスの完全な分業が見られた。 しかし日本語ができるのは注文を聞き、会計する係だけ。
 高価で苦いけど血管に良い一葉茶(ラフマ茶)、高級ジャスミン茶の注文が多かったようだ。説明が始まってから試飲して、買い物までで約45分だった。

 上海万博の工事で慢性的渋滞をきたしたおかげで、バスは数キロの移動に30分かけて、上海博物館へ到着。
正面玄関では一般の列から外れたり、特別に団体枠で改札を待ったりしたが、時間がかかったのは館内で一人づつ爆発物や刃物の形式的なチェックを実施していたからだった。結局、一般の列と合流して、25分ほどかかって11時前に、やっと入館できた。

 上海博物館
展示は4階まであり、1Fは中東やシルクロードをからの大きな石仏、携帯できる持仏のショーケース。
 4Fは中世(宋・元)から近代(明・清)の宮廷家具。 こまかい寄木細工や玉石の象嵌、光る貝殻を埋め込んだ螺鈿など、どれもその時代の技術の粋らしい。 

 3Fに玉石館があって、玉石や瑪瑙・翡翠でできた、おお昔の武器や祭祀・生活道具は、壁沿いに小さなショーケースに飾ってあり、これが多くの欧米人をひきつけていた。 
 2Fは絵画、たぶん水墨?(時間がなく観れなかった) 
 食事の時刻は暫しおあずけで、ほぼ隣りの、上海市立の 民芸芸術館へ。
上海市文物部主任クラスのお偉い方が完璧な日本語で話す。まず玉石、瑪瑙、翡翠の
作者、年代の説明を見て聞いて、みんな感心していると、ところどころで、これは中国にも
1つしかなく500万円、これは石がもうないので380万円、この先生の作ったこれと同じ
デザインのものは、200万円しないけど195万円くらいと、話しに妙に具体的な値段が出てくる。

 中国工芸の鑑定眼とは? あっても、ないのと同じようなもの?

 上等な作品前で「みなさん、この3品のセット、おいくらすると思いますか? せんぱい、おいくらでしょう?・・・!
「1億円?・・・ ぶー。」そちらさんは、どう?「1000万円? ブー、です。」 「500万円? ブー。」
 「幾らなんでも、そんなにしませんよね。」
・・・じゃあ皆さんに特別、お教えします。これ3つで、何と98万5千円です。」・・・お安いでしょう? そう、買えるんです。
 ・・・少し前まで至高の芸術品にみえていた玉石は、この瞬間から、なぜか30万円でも高く見え、一般流通品にも見えてしまうから、不思議なものだ。
 むしろ話しの前後でどっちにもゆれる心理的な効果に驚がくしたというべきか。

 購買コーナーには、玉石の置物をはじめ、超高価品の端渓硯石、改革前に比べ十数倍も高値に
なったという木綿レース、白檀扇子等があった。
 掛け軸をのぞいては、それまで見たより高く、買った人は無かったようだ。

 この重厚な建物は旧ロシア領事館であった。いまは上海市の所有。

 外へでると空きっ腹に寒さで、ずっしり疲れを覚えた。バスに乗せられて、休む間もなく移動する。
つぎは豫園(ゆーゆゑん)の商城(ショップモール)で、やっと食事にありつけるので。

  

 超繁華な街の中にある、緑波廊に上がり、包子と点心の昼食をいただいた。
この味は、このツアーで、舌の肥えた日本人の御一行の口には、もっとも合ったようだ。


 食後、繁華街に隣り合った豫園の庭園に入り、約30分、九龍壁や鯉の池のある庭を歩いた。


 

 

  ※ここ豫園の石は、蘇州の留園の「太湖石」と違い、山岳名勝の「武候石」を使っているという。

 
 常連らしき男性が手を近づけただけで、完全に餌づけのコイは、池から跳びあがって食らいついた。



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