阿片戦争前後の広東をたずねて


4月6日(水) 沙面の旧租界、海珠広場


7時半、チェックアウト。昨夜部屋からも見えた、リバークルーズの発着地の辺りまで歩いてみた。
まだ2、3店続いていた。ターンして地下鉄駅を聞くと公園前駅がすぐ近くだった。しかし、
このあたりで市内の地図を手に入れないと、今日泊まる賓館も探せないし、観光にも差し支える。
ちょうど入った北京路に、地図の置いてありそうな店を探し歩く。北のはずれに古本屋があったので、そこで
広州市の全体図と、広州周辺幾つかの都市図、それに見どころのある蕃禺区の地図を購入した。

  ここで当日宿泊するホテルの予約確認書をみて地図に見当をつけ、すんなりとホテルに荷物を預けて
とりあえず市内見物をしたいところだ。

ところが、うっかりホテルの予約確認書を印刷する前に成田を出航しまっていた。まず印刷しておくべきだった。
さらに成田でWi-Fi端末も借りずに入国しているので、電波がなくて予約した内容をスマホに表示も出来ない。
持ち前の節約癖が祟っている。
エクスペディアの予約&支払にも問題があった。ExpediaアプリにItinerary(予約確認書)をダウンロードする機能がない
旅行者がスマートフォンかタブレット端末を持ち歩くものと勝手に決め付けている。予約したら、後はスマホを持ち歩かないのに!

  そこで怒ってもしかたがない。表通りにあったホテルに飛び込んで、フロントに英語の住所表記を見せて
自分のホテルがこの地図でどこにあるか教えてくれーっと頼み込んでみた。


  すると『貴方の探してるホテルはここじゃなくて、揚其(YangQi)駅の方にある』という。
もういちど予約メールを見ると、確かにそこにあると分かった。駅から歩いて聞き歩く。
殆どすべてのコーナーで聞いたが、2人は知らず5人に3人は知っていると言っても嘘かでたらめで
実際に確かめる足労が掛かるため、足裏にこたえる。


11時から2時間が過ぎたところで、また、やむなく通りのホテルのフロントに聞くと探す場所が違うという。
こんども教えられた東山口(DongShanKao)駅に移動する。駅前は広くて電影城(シネ・コン)があった。
東方向に歩きかけて戻り、途中にある旅行指南公司で道を聞くと『三寓賓館…?あ、あります。前の路を右側に歩き、初めの信号で右に曲がって
まっすぐいくと、そこがホテルのある三育路につながる福今路です。』ありがとう。これでやっと今日の宿にたどり着いた。
チェックインして荷物を置き、ペットボトルを飲みほして外出する。もう四時近い。

  とりあえず予定どおり、旧外国人居留地、沙面をめざした。
さっきでた東山口から楊其で3号線に、広場前で1号線に乗り換え、黄沙で下りて地上に出た。

はじめは方向がわからず、中医薬材市場のはずれで聞くと、道路を渡って向い側が沙面(ShaMien)だった。
 旧租界の沙面は珠江に沿って幅は200m長さは800m、その外側とのあいだに、はっきりとした区画のある地域だ。
いまは復活した勝利賓館など数軒を除き、いまの姿は復元されたものだ。

 


もう少し川岸までいくと、シャレた感じの西洋晩餐店や軽食、珠江に面した屋外にビアテラスがあった。


ひ灯し頃となり、ちょうど対岸を満艦飾の明りに染まり、Night RiverCruiseの船が入れ代りに、
行き来をし始めたところだった。

ふと昨夜この夜景を撮らなかったことに気づいた。旧租界の中を少し歩いて駅に戻る。
海珠広場駅で降り、昨夜観たCruiseの光景をカメラに収めた。

海珠広場~沙面の岸沿いに、クルーズ基地とレストランが広がる。

もう22時を過ぎていた。はや足で宿の三寓賓館へ戻る。途中ホテルの近所の粥麺粉の店で鵞蛋河粉を注文した。
醤油だれにガチョウの脚とうで卵、高菜の漬物、河粉(ひもかわ麺)でひと皿14元、うまかった。

※ 粥麺粉の3字(の組合わせ)の看板のある店は、いわばファストフード(快餐)で大衆食堂に相当する。
その味・量・値段は日本の自分の口に合うものが多い。



  ⇒4月7日肇慶市(端州)に列車で 

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