阿片戦争前後の広東を訪ねる旅

4月9日(土) 虎門の戦争博物館と遠元砲台


朝いちで開平の碧桂園ホテルをチェックアウト。フロントに市内へ交通機関をたずねると、ホテル前のバス停に
停まるバスが長距離バスターミナル前にも停まるよとのお答え。
  待ってみると7時台でもバスは少ない。10分たった頃、バイクが1台こちらを看た、やつは一度行き掛かった。
こっちがなお看つづけてると、むこうも看ていた。これは拾うに違いない。手招きした。

 「乗りますか?」            ―  「乗ります。」
 「どこまで行きたいの?」      ―  「長途汽車站(長距離バスターミナル)。」
 「どれ、どの長途汽車站ですか?」  ―  「市内の、いちばん近い所でいいよ。」
 「じゃあ、義祠(YiTsu)站ですね。」 ―  「じゃあ、たのみます。}

こうして、今日もまたバイクタクシーのお世話になる。15分かそこらでターミナルに到着すると、なんと払う小銭がない。

バイク運転手はそれではと切符売場まで同行した。ご丁寧にも「外人賓客諮詢」(窓口)を案内してくれたため、首尾よく
広州駅までの切符を買えた。つり銭が出来るように100元人民幣で払い、バイク運転手に20元快、渡した。

運転手には、それまで何人も会っていたが、それまで会った中で特別に優良の人物だった。思い出すと
胸が熱くなる。奉仕精神と、おそらくは解放軍出身だろう、エリートの風貌を備えていた。

 広州駅に到着したのは午前11時台だった。 今日はもう1つの目的地、南沙を目指すため地下鉄に下りる。
2号線でへ、8号線で東陂南、3号線で終点の金洲へ、地下鉄を乗り継いだら、13時をまわった。
駅前タクシーでホテルに乗り付けたら、40元とられて驚いた。
しかし翌日も別のタクシーでフェリー乗り場につけたときも40元だったので
あらためて南沙の高い相場に驚愕したのだった。

  ホテルにチェックイン、荷物を置いた。フロントに阿片戦争の海戦博物館のある、珠江対岸の虎門に行くには
どうしたらいいか、聞いてみた。直通するバスはない。いま14時なので急いだ方が博物館の見学には都合がいいので
とりあえずタクシーを呼ぶことにする。

 15分ほどして乗り込んだ車はタクシーの表示がなくホテルのハイヤーだったが、ここの業者なら値段は変わらないと思った。

長さ数kmはある珠江大橋を越えると、予想を裏切られ、通行料含めて280元になった。

海戦博物館は円筒形の建物4つを中心ホールで結んだ大きなもので、外訪者も市民も無料だ。  入口ゲートから
数百mも離れているけれど、そこまで芝生と樹木の公園になっている。


珠江に沿った遊歩道は幅約10mで広く、仏 コートダジュールのプロムナード[Prommnade des Angles]
とかを意識したのかもしれない。

珠江大橋 くぐりぬける輸送船が、ひきもきらない

阿片戦争が中心の展示で、背景として諸外国のアジアへの進出、紛争原因となった英国との交易の経緯、
西欧と清国の火砲火薬の差、各テーマに図表や写真、それに大版絵画が豊富にあり、 その舞台となった
海浜光景のジオラマなども。  とてつもない物資の格差がありながら欧米諸国と戦った状況を詳説・再現。



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