13年ぶりのパリ Ile-de-France へ
Fontanebleaux、Vancenne、PonpidouCentre
10月17日(Mardi:水曜)午後 つづき
ヴァンセンヌという城
大通りから、堀割りと城壁(手前の噴水)
ここに目立たないが、いまは立派な掘割と居城、教会がのこっている。
LouisXIV世の幼少期に一家の住まいとして使われていたが、そのあとで
ルイ14世が新しい城をベルサイユに造営して宮廷ごと移ったため、使われなくなった。
しかし革命までベルサイユに次ぐ城館として使われ、フランス革命をはさみ、
ナポレオン帝政の時期も使われた。
その後の動乱にも壊されず、今日までのこっている。
堅牢な城門をはいると右に案内所とミュージアム・ショップ、
左はルイ14世が育った館がある。公開してないので前をさらに進んでいく。
〔中庭からみた居城の主郭と城壁〕
居城の主郭(仏"donjon",英"keep",日"本丸")は、広さ7、80m四方くらいの城壁に囲まれている。
主郭はだいたいで地下1F+地上2Fの高さまでが居館で、その上にさらに4Fくらいの塔屋が載っている。
その主郭を囲む城壁を、さらに広い内堀で囲んでいるのが(居城の)構造だ。
(ついでにいうと、この居城のある中庭も、城壁と外堀で囲まれている)
展示に貴金属の宝物などはなく、城を増設強化したヴァロワ朝のシャルル5世の遺物が多い。
質素な祭壇に、敷いた布、燭台などの粗末なものだけ。敬虔なカトリック王だったアンリ4世その人が、
食事や礼拝したり、謁見や執務した姿を描写した赤い背景の、写実的でちょっと漫画的な絵巻が、
とおして見られる。
いまのようにネットや通信手段のない時代、脆弱だった国内を治めるとき、祈るという行為が、
賢明王の国内統治につながったという、キリスト教ヨーロッパ文明のはじめの姿を見た気がする。
主郭には少ないながら、とことどころ、オーディオやビジュアルの解説もある。
居城の
むかい側の教会は小さな祭壇と椅子があるだけだ。
超質素な礼拝堂だった。これが当時の復元なのか。
広い敷地の奥は見学できないが、右側の
大きな居館は修復中だった。
当夜は19時からjazzコンサートがあったが、それまでは間が持ちそうにない。
〔城壁の入り口と催し物の看板〕
ミュージアムショップの隣にレストランがあるようすだ。
16時前にVancenne城を退場して、そのまま歩いたらPlacedeBastilleバスチーユ広場に来ていた。
そこに新オペラ座があり、演目を見ると胡桃割り人形とか創作バレエが数百ユーロだったので遠慮して
地下鉄をBastille駅からHoteldeVille駅まで乗ると、
パリ市庁舎があり、マレ歴史地区も近い。
〔仏革命時の中心、パリ市庁舎の装飾〕
駅から北東へ歩いて行くと、古色蒼然たる建物が2,3みえ、マレ歴史地区をさす矢印は方々にあった。
しかし、正確にどれが保存された歴史的な建物かは判らなかった。 あたりでパリ市革命歴史資料館を探した。
その北の端に MuseedeChasse&Nature 狩猟博物館 があって入場した。でもこれは狩猟関係のみで、
ほんとに探していたパリ革命歴史資料館は、1街区手前の城壁で囲まれた南側にあった。
閉館時刻を過ぎていて悔しい思いがした。空腹を覚えたが、フォンテーヌブローのロスを埋める為、
昨夜とおりすぎたポンピドウーセンターに行った。入場券∈(ユーロ)14、クレジット・カードで入手。
これで当日の催しが何でも見れる。 *
ポンピドウーセンターの催し物
当日はマルチアーティストHarmony Korine の写真、映画に、お偉方と本人のでるプレミアOrientationがあった。
自分は時間の関係で、映画は遠慮した。建物3,5-6階で開催されているMarcelduChamp(AndyWahole以前の仏前衛)、
DavidHockney(19c-20c米画家。超単純なタッチ、彩色の画風。LD,NYから貸与)、
AndreDerain(20c仏の画家。彼の絵は当時の他の印象派全員の作風が反映されてる!)の作品展を観た。
空腹は忘れたが、21時の閉館では、またどっと疲れを感じながら引き上げた。
かえりは、地下鉄Chatelet-les-HallesからRER-B線でErmontEubonne駅へ行きRER-Cに乗換え、
1つ南の自分の駅SaintGratienに戻った。
駅前のKEBABでjambonハムのporquetta伊式ドッグとpatateポテトフライのmixセットを持ち帰って食べた。
(
10月18日につづく)