’08なつ中華旅行記

    江門、華僑のふるさとに迷う−後編


俄か雨と資料(思慮)不足がたたって、
行きさきのない旅へとなだれ込んでいる。

さすがに、不安を覚える。 
しかしこの旅の仕方は、前にもやっている。

あれからもう6年も経つか。
やはり中国で1週間を遊んだとき、
杭州ではタクシーの運ちゃん、
寧波では元気のいいご隠居さんに、
地元の名所を案内していただいた。

そういえば中国で最初の宿を探すときも、
単車タクシーのお世話になっていた。

こんかい、またやるとは思わなかった。


    江門と新会のまち

 バイクからの観察なので、とおりすがりになるのだが、
黄河の工場地帯と中心部の道路は巾が広く、新市街はわりあいキレイに整備されてい
る。
中国、広東のおもな銀行歯すべてあったし、商業中心のビル、娯楽施設なども不足な
いようだ。
でも旧市街は道が狭い割に人が多くく、路に果物や食べ物かすが落ちて汚いだろう。


 ここ江門でも新会区でも、新市街は広州や深浅とたいして違わない。広州からここ
まで
どこも都会だとすれば、おそろしく発展しており、かなり裕福だというのが正直な感
覚だ。

 高速を降りたときから目に付いたが、ここは単車がやたら多い。ほかで見かける自
転車より多い。
沿道にあった摩托車(モートチョと呼ぶ、オートバイ)修理店の多いこと、バイクの林
立する様子から、
ここにその供給・修理の基地があることはすぐわかった。しかし、ホンダ、鈴木は看
板にあるが
店頭にでているのは日本の新車はなく、殆ど国産の中古車だ。

あとでライダー、やつにきいたら、日本の工場はもうなく、みな中国の国産メーカー
になっているらしい。
彼に話させると、ここには中国の単車メーカーの代表する会社のだけでなく、名前を
挙げていくとさらに3社、
つごう8社以上のモートチョ工場があるという。

    新会の旧城下まち

 新会のまちは人も車も少なく、これで仕事が見つかって一年でも住んだらは慣れに
くくなりそうな気がした。
ライダーの新開区の話では名所が8つある。
 圭.山風景区、周総理記念館、新会城市、クンフー資料館、小烏天堂、梁壁超旧寓
・・・
 その1つ、周恩来の泊まった記念館がある。そのちかくに玉台寺もある。
そこまで15分くらいと。 行ってみよう。

とちゅう、旧市街の外れに新会の旧城は、掘割のなかの公園に
文化施設とそばに議会があった。むかしは城下町だったという。

    圭.山風景区をみる

そのさき郊外を10キロほどいくと、数キロ平方mの山麓が公園になって池があり
その奥に周総理記念館があった。5元出してさらっと見て回った。
展示品すべて写真パネルと揮毫だけ。
周恩来だけでなく、改革前の華国鋒、ケ小平、最近では江沢民、今春日本に来た温家
宝もきていた。
中国では、はたして重要都市ということか。

道路をはさんで対岸の白い建物が迎賓館ホテルで、去年建ったばかり。
新会区でも、なんといっても度暇村、(休暇村、リゾート)なのだ。

市の中心からさほど離れてもいないところに自然公園がある。
考えると産業と都市基盤に恵まれているのだ。
あとで地図でみると圭.山風景区・度暇村だったとわかった。

しかし、とき折り小雨が顔にかかる。
標高差百mほどの玉台寺に上るのは簡単だが、雨の中、見晴らしはきくまい。
池でみながコイに麩をやっている。コイの上にコイが重なるほど大盛況。杭州の西湖
と同じ。
見てても気持ちよくはないから、散歩しながら話でも。

沿道に植わっている葉っぱの広いサトイモ、ヤツデの葉について、聞いてみた。
この破れたかさみたいな葉っぱのは、植えたの?
-いや、自生してるんだ。この辺の山の裏に回ればたくさん生えてるよ。

ほかに見なきゃならないものがある?
-ここでは玉台寺。でもほかのところもある。(2人、記念館の8台名所のパネルを
眺める)

-ちょっと離れているが、中国では有名な野鳥の楽園、『小烏天堂』にいってみない
か?
 それとも、その近くにある清朝末期の開明的詩人の旧居、『梁壁超旧寓』を訪ねる
のはどう?

ここはもうだいたい判った。僕はもっと見ていきたい。 そこまで絵は何分かかる?
-単車で25分、いや30分はかかるな。 でも、心配ご無用。雨合羽をお貸ししま
しすから。

このようすだと、雨もたいして降ってこない。いこういこう。

    梁壁超(リャン・チュエチャオ)旧寓

 さっき来た道を新市街に戻ってロータリーを右折し、
江門とつながている産業道路(月曜だけど車は殆どいない)を
真直ぐ、約20ほどひた走って、梁壁超旧寓にはいった。

 もう子孫も住んでいないが、ここは清朝末期の開明的詩人の旧居。
回廊のある中庭に隣接した邸内は2階建てだ。

 ご本人、奥さん、家族とのヨーロッパの写真や、
著名な陶磁の知識人、なかでも康有為との写真が目を引く。

当時清朝の中国でも先進的な華僑のふるさと、広州に生まれ、いち早く外国の文化に
触れた。
文化水準と教育制度の重要さを紹介した。 

 でもこの人は辛亥革命を見ることなく他界する。
まだ革命前夜にあらわした啓蒙書、散文作品、その説明パネルが
若干あるほかは、何もおいていない。 だだっ広い。高価なものは1つもおいてな
い。
ただ南側の庭が開放的な明るさが、この屋敷をなんとなく優雅にしている。

 時刻はもう、17時ちかい。 小烏天堂は、この旧寓の隣村にある。


    雨中の小烏天堂 (シャオニャオ ティエンタン)

ライディング約5分、さきの旧寓と道路の同じ南がわにあった。
ライダーと入り口まで行って料金をきくと、38元だって!今まで出一番高い入場料
だ。
どうする?と訊かれても、ここまで来て見ない手はない。 38快。いいではない
か。

楽園ゲートを入ると左右に広さだけ広い売店は2人のみ。
またあめは降ってきたし、もう夕方だ。
中央の通路を行くと20,30mおくに鳥小屋。その先右側にバードケージ
というのか扁平な半円形の金網の構築物に、あまり得体の知れない鳥がいた。
ご本尊の鳥の楽園になっている島が、もっと先にいくとあったようだが、(あとでガ
イドブックで知った)
ふたたび降り始めた雨の中、鳥籠のあたりで、もう、地面を見て考え込んだ。

もう夕方、帰ることを考える時間だ。そこで財布の金額を見た。100元札1枚と2
0元札、10、5、数快!
バスで帰るのに4、50元必要だから、やつに払う報酬が足りなくなる。
しまった!銀行を探さないと。そこからは、急きょ市の中心に戻り、銀行探しになっ
た。

しかし、さっき市内を見たとき、かなりの都市で大きな銀行は相当あったので悲観は
しない。
お気に入り中国農業銀行がダメでショック!中国建設銀行もダメで、
4つめ、広東発展銀行のCDで現金引出しに成功した。

江門市の新会区にバスステーションは3つあるらしく、その中でもっとも大きく便利
なのにつけてもらって、
すぐに広州行きの切符を求める。 45元で直通だ。単車タクシーのライダーに報酬
を上げる時候になった。

 那、我想給称、今天下午、称故我座車遊覧、案内名処的銭。 我給70快。好馬?
-好。
 是不多、但可以馬? OK?
-可以。不差不少。

少しオーバーなくらいに礼を云って、握手で分かれた。
バスはもうエンジンが掛かっている。来る時と大違いで水のペットボトルサービスが
あった。
座席シートではなぜか広州のFMラジオが大音量で鳴っている。乗り心地はいい。

じつは報酬は最初90−80元を考えたのだが、かなり入場料を出していたから75
元ときめた。
やつに75元と言いかけて、自分の口は70元といっていた。 釣りがないと高くつ
くので。
でもなぜか、申し訳ない気がしてしょうがない。何度考えても最適な金額は思い浮か
ばない。

たぶん、貧乏旅行の義理つけは、あとでする余計な経験で返しながら、
中国の金銭感覚は値切りや支払いの場数で身に付くのかもしれない。

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