2008年なつ中華旅行記

  繁栄の広東  その1 広州市(1)

8月11日の朝、ホテルを出たときに気づいたが、昨夜の蒸し暑さはどこかに消えていた。
むしろ日本の夏より、はるかに過ごしやすいのだ。

 朝のうちは、まず近くの越秀公園と博物館を見ることにしよう。

きのう夕がたチェックインしたこの、Hotel SinoTrade Center(宿泊カード[広東華茂中心])は
広東省の建てたホテルなので広州市のほぼ真ん中にある。(日本のガイド本は載ってない)
 あさ8時前に行くと、越秀公園の西門は、もう開いていた。

公園全体が小高い山になっている。 後ろ向きに歩いているのは健康法らしく、登って行く人も多い。
もちろん前向きで行くひとのほうが多い。
左右にある広場では、それぞれの朝のひととき、健康的に過ごす日課のグループであふれている。

愛好者がいちばん多いのは太極拳だが、グループによって違い、みんな個性がある。

上の方から聞こえた音楽に惹かれ、30段ほど上方に登ると、木蔭の広場では、
男女10組ほど、ペアでソーシャルダンスを展開中であった。

40才〜60才代の男女が、でも背筋をピンとして、かなり速いタンゴ、ルンバ、チャチャ...つぎつぎと。

若い者んなんてお呼びでないようで、どことなく事業の成功者たちという感じもした。



園内の広い通りに下り、戻る。
と、両側の木陰の広場では、lここでも老いも若きもみんな好きなしかたで朝をすごしていた。
 剣舞のような動き、ゆるい武術の型、かるいジャズダンス、よさこいソーランふうのグループもいる。
足の裏だけで、シャトルを空中に蹴り上げる、日本でいわゆる、蹴鞠も盛んだ。

山の頂上に行ってみると、当てにした広州博物館が9時からの開館なので、いったん山を降りる。

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南の門を出て、となりの、山麓を周ると、広場のなかに絢爛たる中山紀念堂があった。
ここ広州は1925年当時、革命の父、孫文が国民党の総裁だったときの国会議事堂。
中国で最初に議会が開設された当時のままの、壮麗な建物だ。

建物は良い。しかし観れるものは、壮麗な建物の内陣と、関連する歴史行事のパネル展示。
記念品コーナーから、鄭愛君(テレサテン)の『月亮代表我的心・・・』が聞こえてきてしまい
中華民族の夢か追憶を歌うようで、急に泣きたくなった。(どうやら睡眠不足だった)

隣りの孫文資料館をのぞいた。自由主義圏の中華民国(台湾)、香港からきた観光客や
中国の歴史に興味のある人士(いまは自分も!)にとって外で見れない貴重品ばかり。

しかし解放後は関心の少ない人が多くなった現代中国人には、やはり退屈な場所だろうか。
帰り際に、少人数の小学生団体が見に来たぐらいで、今は市民に縁遠いようだ。

中山紀念堂の出際に、「この近くに」と聞いてみた。
「南越西漢王墓博物館があるなあ。そこの駅へ行く道の途中の左ですよ。」と教えてもらった。
しかし、さきほど自分で下りてきた、すばらしい越秀公園の山のうえをすこし歩けば、鎮・海・楼があって、
そこに広州博物館と美術館があることを忘れられないでいた。

わざわざ下りてきた中山紀念堂の広場をあとにして、広州博物館を目指して、また公園の山を登っていった。


(つづく)


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