2008年 中国広東の旅

 8月12日 シンセン(1日目)


 朝8時前に広州市の「広東繁茂中心」ホテルを出た。
しかし広州駅からは直通の特急電車が1時間2本くらいしかなく、広州東駅と違うことに
気づいたのが、切符を買ってこの駅にはいった後だったため、10時ころまで待った。 
短い時間で旅行する自分にとってかなりなミスだった。

広州に来たときと同じく、香港と広州を結ぶ特急、九広鉄道で、
香港の1つ手前、深セン(土川と書く)市に移動した。

シンセンの駅は、その延長線上の約500mのところが
香港との国境のある羅湖駅になっている。


シンセン駅を出てそのまま歩けば、中華人民共和国の経済特別区のシンセン市から出国手続きができる。
中国からは特別行政区の香港に入国手続きをして列車の切符が買え、その先で列車が待っているという構造である。
手荷物預かりコーナーを見つけて重い身の回り荷物を預け、ガイド資料、カメラだけをまとめてナップザックにした。


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シンセンは完全に近代都市で、地下鉄は間をおかずに発着。 さっそく華僑城(ハンセン)で下車して
すぐ海側にある中国民族文化村のゲートに入場する。

ここで少数民族に会えれば、いっきに中国大陸奥地旅行も体験できるかもしれない!

入るとすぐコールドミスト(霧状の冷風)が迎え、ゆるい坂を降りると、レストランからスパイスの匂いがきた。
所々でスーベニア・ショップもあって、ややあるくと、胡弓と笛の音色が。

道のまん中に建ってる少し大きい家を覗いていた。そのとき、

 『・・・、こんにちは。 ・・・おちゃ、お茶のみますか?いかがですか?』

 上品で賢こそうなお姉さんが笑顔で訊いていた。

こっちは中国茶には人並みならぬ関心があったから、 

 じぶんは『じゃ、ちょっとだけ、頂きます。』 少し高くなった屋敷の階段を上った。

ほかにお客がいないので、一人でいました。 奨められた客席に掛け、
中国式のお手前を頂き、お姉ちゃんの話しに応答。

日本からのお客さんは多いけど、みんなお茶に理解があって
よく話をするそうだ。日本のお茶より安いし、民族村も外で買うよりも安いので
よく買ってくれるいいお客だそうだ。僕も狙われたいいカモだったのかな?

それはそうとして、日本語の会話が自然だ。でも日本には行ったことがないという。
 『日本に行ってみたいと思いますか?』
 『ええ、もちろん、いって見たいです。』(少し肩を振る)
会話の内容もかなり都会的に洗練されていた。しかし、長くいた気がしてきて
いま自分が何処にいるのか判らなくなりかけて、そわそわしてきた。

15分くらい話したろうか、ライチ紅茶(少しあまくて香りがいい)を2缶(80元)購入。
おもいだして、もう一人にの店員さんに記念に一枚をお願いした。
 『シンセンまた来ますか』
 『来ます。できるなら、この秋また来たいです』
 『まー!ぜったい来てくださいね。まってますよ。』
ほんとに、どこまで仕事に熱心なのどうか、わからない。

そのさきで、胡弓だか笛の演奏はもう終わって、奏者が楽器を片付けていた。


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またすこしいくと、なにやら巨大な、ゾウやカバの張りぼてがいる。タイ族村のジャブジャブ池の外れに、
ステージのある広場では、チーム対抗みずかけ合戦のような、家族向けトークショーもどきをやっていた。
これがこの週の特別イベントだった.
なぜそんなに興奮してやってるのか、言葉もわからなかったので
無視して奥へまっすぐ行くと、

その先に水上の御殿があった。 遠くから見た時、それはタイかラオスの寺院のような感じだった。

回廊になったその中を10m程渡ったときに、それが大きな橋の両岸に建つ搭楼であるとわかった。

これは、あの山水画のような桂林のお隣り、広西省の程陽にある、橋そのものが建物になった『風雨橋』を模したものと、帰国してから、(イスクラ製薬の)チャイナレビューの記事を見て知った。
  
渡りきると、そこは、恫(トン)族や、依(イ)族の村があった。 

ちょうどショータイムが終ったところなので
みやげものやで扇子であそんでると、
 なにか買うの、と
あ母さんがきたので、扇子の品質に問題があるね、といったら、
 これ中国刀(木製)、これなら30元、安いよ。ね、いいでしょ、買って。
 そんなおおきいの背負えないよヤダ。 
結局からかったことになってしまった。



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園内は太陽が直射しないように、日陰になる木々が配慮され、海沿いのそよかぜもある。
しかし亜熱帯、真夏の日中の暑さはきびしい!



ショーの合間などで移動するあいだに、民族衣装姿をときどき見かける。

民族村のあるスーベニアショップでのやり取り。
きみたちはみんな、少数民族? 「うん。」
たのしい?しあわせ? 「え、ぜんぜん。給料安い。差別されてんのよ」
そう?ぼくは差別はないってきいたぜ。 「あんた知らないね。あるのよ、ある。」

意外な成り行きに戸惑って、『いや、まわりを見よう、今は無いっていってるよ。』
とはいってみたが、彼女らは決して肯定しなかった。

各少数民族の家屋ごとに、30分から1〜3時間おきに、数10分のアトラクション・タイムがある。
何かやっているのは、多くてもいちどきに数箇所であるから、
そのあいだは、あちこちのレストランでなにか食べるか、とうぜんお店を見ることになる。


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お店は、民族家屋の小さなショップ、帰りに大きなおみやげショップと、わりと多い。

その1つで僅かな買い物をした。 
薦めるのは銀のブレスレットやペンダントだが、気に入ったのは熱帯昆虫のキーホルダ。
蝋石のテン刻を彫ってもらう間、目つきが派手な店員さんと20分ほどショッピングのお相手。

 『ここのひとはものを売りたがるけど、それはなぜですか?』ときいた。その応えを待たず、
『でもそれは皆さん服務員(会社の従業員・仕事だからと云うつもりで)なので、しかたないね』といったら、
 『いいえ、ちがいます。 私達は(華僑城)公司の接待員(jie-tai-yuan:日本語でホステス?)よ。』 

その答えに、先端的テーマパークで働く誇りと同時に、従業員の待遇に何かかしら差違があることも感じた。



長く暑かった民族村の午後も過ぎ、ようやく陽ざしも穏やかになってきた。

パンフレットを見ると、民族文化村の営業は9時まで。だから、
夜にライトが付くと、あのチャイニーズ・ガーデンの雰囲気は無いとしても、
あの少数民族村では亜熱帯の山村で夕べのひと時を味わえる、かもしれなかった。

(つづく)

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