第3日目 10月20日水曜日 北京(天壇、頤和園)


 前夜、となりと向いの部屋に地元中国の団体客が入ってきた。夜通しで騒ぎそうなので、
せっかく外資のホテルに泊まるのに、騒音公害つづきでは意味がないから、部屋を変えてもらった。
 そのばん、新しい部屋でしばし考えた。…ここはタクシーを使う以外にアクセスが良くない。
明日は郊外を訪ねるので、もっと駅に近い便利で安価な(中国経営の)宿を探すことにしよう。と
 8時すぎ、シンプルな洋式バイキングの朝食をとり、ホテルから少こし、歩いた所でタクシーを拾った。

30過ぎの運転手に「北京駅付近の安いホテルにいくように」告げた。このタクシーと一緒に3,4軒をあたった。
 けれども、どのホテルも、きくと最初は部屋はあると言うが、手続きに入ろうとすると、もう部屋がない
といって断られた。 これは、何かタクシーにも判らないような問題がありそうだった。

時刻も10時をまわり、観光向きになってきたのでホテル探しを中止し、天壇公園のまえでを下ろしてもらった。
ホテル探しを依頼するための前金として渡した20元は、結局かれに手数料として、あげた。

天気は、ときどき陽のさす薄曇りで、公園でゆっくりするには、ちょうどよかった。

 ←歩道橋から見る天壇 

 → 天壇公園

ごご2時を過ぎたころ、天壇公園の東口から出た。するとそこに地下鉄駅「天壇東」の入口があった。
正面に「紅橋市場」という大看板がのった、かなり大きな商業施設ビル↓があった。

 

 天壇から北京市体育館に面する「体育館」通り 

その下に行くと、赤毛や金髪の欧米人が大勢、
日に当たってるオープンカフェに、短パンカジュアルにマックかなんかを食べていた。
それなら、近所には適当なホテルがあるものと見てとれた。
「紅橋市場」というそのビルの、左のかどを曲がると、「君安賓館」という地元経営らしいホテルがあった。
一つ手前の通りの「体育館賓館」も大きかったが、むだに割高な部屋代を払いたくないから、ここまできた。
フロントにあるのは胸の高さの帳場だけ。簡素で実践的だ。だが眼を上げて瞬間、衝撃を覚えた。

それはフロント係りのユニフォームであった。ネイビーブルーの落ち着いた生地で、25と35才位
の女性フロント二名のユニフォームが腰から首までフィットする、つくりの良いものだったのだ。
見た目ではあるけれど、服の品の良さが、謎めいて感激を覚える。

 フロア入口の上に客人房(standardと書いてある、欧米式で言うSuperior ツイン部屋であった。
360元。この場所で室料のボーダーラインと思われた。 地下鉄のアクセスが昨夜の宿より格段に良い。
自分の腹はきまった。しかし問題は、それから後に控えていた。

 → 北京で地元のホテルに泊まる時(ご注意を)

 部屋に入り荷物を置く。時計を見ると、14時半すぎだ。朝買ったパンを口にいれて宿をとび出した。
あさから何も食べてなかったので近くの飯屋に行くと昼食後の休業だった。もう昼食するのは止した。

まだ見る時間がある。どこに行こうかと一時は考えて、やっぱり4名園の一つ、頤和園(Yi HoYuen)にした。
紅橋市場ビル前にタクシーがいたので乗った。すると十分ほど走ったところで渋滞になった。

時計は15時をまわった。夕方なので頤和園には16時前に滑り込みでも入場したい。
目の前に地下鉄駅の看板が見えていた。 渋滞に付き合う義理はなく、ブーたれていたが、
このタクシーの運転手には20元と余分に座席において、タクシーのドアを手で開けて、降りた。

地下鉄で長椿街駅から、頤和園のある円明園駅までは1時間もかからなかった。 受付は駐車場の奥にあった。 
15時45分だから閉門の18時まで、時間は充分とはいえないが、何とかぜんたいに観れそうだ。

  ←紫禁城の隣りに横たわる人造池「北海 BeiHai」
  ← 頤和園の入口の脇にある楼門

園内は外と別の世界のように人が多い。団体観光の多さに驚いた。入って右側の小規模な建物の中を見た。
そのあとで、本園を含めた北京の北郊を、仏香閣という高楼から眺めたくて、そのさきを急いだ。
  

 

西太后が巨費を投じたという清朝末の別荘、仏香閣をめざす。 ↑前庭には草や花で鳥の形を製作
 

  
 正面の門から仏香閣を見上げたところ

 北海というふもとの池からの標高差が150mほどある。
 高い階段石を1つ1つ踏み締めて上がる。

  

 階段で上がった途中にある、お堂のなかには、大黒や観音像が安置されていた。
 明・清の陶器も展示があり、めいめい休憩を兼ね、ほうぼうを眺めながら、あえぎながら登る。

 最後に50段くらいの、ひときわ高い楼閣に上ると、それよりも上方は無かった。
 伽藍とした中に観音像が立っていた。

 

 周囲の3/4は展望のきくテラスから見る市街は、山に沈みかかる夕陽に染まっている。
 ここまで来ると、だれも言葉が少ない。
  
    

たえまなく北風が吹いて肌寒い

  

                   さっきまで汗して登った、急な石段を、下りるときの風景。
   

 17時半なので帰路につくことにし、行きとは別の道から写真をとりながら下りた。 空腹を覚えた。
2.5元の玉米 yimi(トウモロコシ)をもらい湖を見ながら頂いた。世界の平穏と相対して自分の空虚を感じた。>(^o^)<
帰りはバスで来る途中に見つけた、
最寄りの西苑(XiYuen)という地下鉄駅から帰った。頤和園から、20分たらずであった。おそらく昨年のオリンピックの
時に出来た駅なのだろう。

 宿に帰ってからベッドで少し休憩。そうしていると食事がしたい、北京の見世物を見たいと欲望が目を覚ます。
地図を見ると、老舎茶館が前門に、湖広会館が和平門近辺にあるではないか。 これを見ない手はない。
再び18時半、ホテルを出発。 天壇公園東駅から地下鉄1号線で北上し、東単駅で2号線に乗換えて3駅で前門駅だ。

  ←前門駅から人民大会堂
 ライトアップされた前門↑

1時間半は探したが、前門の広場は広くて土地勘がつかめず、京劇の湖広会館、寄席の老舎茶館を観ることができなかった。
その場所さえわからず、夜の9時を過ぎて宿に戻った。
 ところで夕食は、「緬愛緬」というラーメン店があり、特徴のない日式ラーメンを食べた。
看板に小さく「おいしい!」とあった日本語看板にしては、まずくない程度でぎりぎり、当たっていた。
 北京ダックで世界的な全聚徳の店を前門駅の北に渡ってすぐ見つけたが、日式ラーメンの後で八時頃行ってみると、
ちょうど店せじまいが終わっていた。

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