阿片戦争前後の広東を訪ねる旅

4月8日(金) 自力村のイメージつづき

※じつは居蘆の「蘆」は 、廾 が 广 の『廬』という繁体字ですが、以下では、常用の「蘆」を使います。
 じつは蘭生の「蘭」は、サンズイ+蘭(廾 なし)という繁体字ですが、以下では、常用の「蘭」を使います。


 自力村 導覧図


 自力村の彫楼を建てた、方(Fang)一族はさらに独立した4,5家族から成る。
 著名な方守党の一族の場合、初代が国産チーズを創業、渡米した二代が鉄道建設、三代目は保険事業。


 この日、食事がまだだったので、右脇で農家飯(20元)をいただいた。


 蘭生居蘆  とおくに彫楼がいくつか見える


 蘭生居蘆  裏からみた


 銘石楼  


 雲幻楼  (向かって後方 左:龍生楼 右:居安楼 その右は安蘆)


 振安楼  銘石楼(or叶生居蘆)から看たところ  


 銘石楼  3階の方さん応接間


 銘石楼  3階の方さん居間


 村内のため池  おそらく鯉や草魚を養っている(人の蛋白源)


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