阿片戦争前後の広東を訪ねる旅
朝5時に目が覚めたからチェックアウトし、5時40分に東山口站(駅)前に着いたが、始発が6時すぎだった。
それまで入口が開くのを待って入る。広州駅の1つ前で降りれば、広州客運汽車総站に近い。
(省汽車客運站、つまり広東省長距離バスターミナル)に行き、できるだけ早く切符を買う。
直通のバスは運よくすぐに出た。開平まで58元、1時間半ほどで、開平長沙站に着いた。
降りた所にちょうど、バイクタクシーのおっちゃんがいた。これを幸いに彼と交渉した。
まずは、前夜予約したホテルに付けて荷物を預け、チェックインを済ませる。
外に待たせたバイクの荷台にまたがって、彫楼村めぐりを開始した。
しばらく走るバイクに乗って、やや涼しいことに気がついた。
おなじ沿海でも湾奥の広州と外洋に近い開平では、気候がかなり違っている。

(上は観音祀堂で見学はできない)
まず自力村に寄る。この旅客中心(受付)で、彫楼一票通(all-in-one tichet)を180元で購入する。
現在公開され料金を徴収する5箇所の、彫楼と庭園すべてが、これで見れるというわけだ。

この地の華僑は阿片戦争の前後に合衆国ロサンジェルスに渡り裸一貫から積極的に事業を起こして財を成した。
太平天国の頃に渡米した彼らは、子孫に良い環境を残そうと考えた。中華民国から一次大戦の頃まで数次にわたって
帰国するつどに、騒乱の多かった郷里に西洋式住居の彫楼を、一つひとつ作って行った。
やがて彫楼は多数となり、今日残るのが1800棟余りにもなる。
こうした逸話はあとで見た彫楼村に、程度の違いはあるが、共通するものがあった。
『立園』では正面のレセプションホールみたいな、展示施設を抜けると、大小二つの彫楼がある。
建てた人は謝(Xie)さん。
テラスの眼下に運河を引き入れている。随所に樹や花で満ち、驚くほど華麗な庭園がある。(庭園の見学はパスした)
帰りの道は廻廊になっていて、その頭上は漆喰で作った芸術的なレリーフで飾ってある。
→立園のイメージへ
はなれた表通りにある『赤坎(Chikun)』鎮にある旧西洋式なアパート街は壮観だ。
以上のどの場所でも、飲食店があり喫茶、食事ができる。
初めに自力村で農家菜(添書き"Farmer's Lunch")14元を食べて、その後はアイスとドリンクで夜まで我慢した。
晩餐を勧められたが、料理が辛いので気が進まない、といってバイクタクシーの誘いは断っていた。
開平碧桂園翡翠湾鳳凰酒店(日本語Expediaでカントリー ガーデン ジェイド ベイ フェニックス ホテル)
この郊外リゾートホテルは内装も設備も最新で豪華だった。
バイキング料理68元。Expedia予約で1泊6950円。
ここの創業者は珠江市の碧桂園ニュータウンを運営しているとあとで知った。
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