6時過ぎ、ホテル向かいのジェノバ Principe駅でミラノ行きの切符を買った。
発車時刻は遅れて8時過ぎだった。 一旦部屋に戻ってテレビ。まもなく駅で切符に刻印して
時間を待つ。定刻に発車した電車は10時過ぎてミラノに着いた。
さっそく観光案内所を探したが、すぐ見付からない。行くと混んでるので、世話にならずに、
ただちに、Millanoミラノ観光のメッカ、Duomo(di Milano)ドウオモ教会に向かった。
(この行動が、馬鹿高い宿泊費の根本原因となり、この後で悔やんだ)

地下鉄を出ると、そこが、DUOMO広場。 目の前にあるDUOMOドウオモ教会の中に入ろうと思い、
入口で警備係りに聞くと、「入れるますが、荷物をオープンしますか?」ときかれたが
自分でも不思議に「いま時間も無いので」と断った。
まだ今夜の宿をとっていなかったのだ。

キャリーを鳴らせて、カラに近いバッグを引きずって、DOUMO駅付近の宿を当たる。
良いロケーションのHotelは265∈(3万3千円)、ちょっと離れてもDaVinciHotelで160∈(2万円)だ。
それでもローマ市内に比べると3倍見当だから、折り合わずに、さらにその外側を歩いた。
やっとの思いで、小さめの英国式ホテルに転がり込んだ。Hotel Ascot(世界中に同名のホテルがある)。
フロントは明晰そうなエリートで Mr.Takeya, today's our rate is...∈170と書いて観せてきた。
ここで観念して一泊を申し出た。。
チェックインは支払能力の確認のためで、クレジットカードを見せるだけでOKだった。
キーを預かるとバッグ置きすぐ部屋を出た。もう14時を回っていたと思う。
入場しなかったさっきの巨大なゴシック建築、ドウオモ教会にはいった。 教会なのでやっぱり暗く寒い。
しばらく(10分以上)すると中は途方もなく大きいことがわかった。
ステンドグラスのある最大の祭壇は、はるかに奥にあり、そこへ歩いて行くまでホールの
左右に、様ざまなかたちの祭壇が、幾つも拵えてあった。
奥の祭壇までの長さは100mはあるだろう。
例のイエスキリスト個人の年代記が、真っ暗い壁に人知れず、やっと見えるくらいの暗さで続く。
半分も歩かないうちに逃げ出したいような衝動に駆られる。
自分は日本人で宗教的文化的に、よそ者であることがある種の救いのようにさえ感じられた。
ドアを開けると、外が眩しくて見えない。 しばらくしてから、まだ昼だとわかった。
近くに見学したい場所があるけれども、今日は公共博物館はストライキで、観れない可能性のほうが高い。
どこが見れるかどうか、駅の人に聞いたと思う。 スフォルツェスコ城が地下鉄で2つめの駅の近くにあった。

いってみると城の前広場に大きな噴水があり、そこを日本の若い団体さんが歩いていくのがみえた。
ヘアースタイルに特徴があったので、日本人とわかった。
みんなレーザー・カットで、中国人などと一見して、ちがっていた。
ほかのアジア人はそんな高級なヘアはしていない。
なにか余裕があるらしく、判を押したようにニコニコして何か違って見えた。
約4日ぶりで見たが、自分が同じ国の人間とは思えなくなっていた。
(それはともかくとして)
スフォルツェスコの城は正面から入ると、左右両翼に長く、その右翼だけが、博物館に公開されていた。
中庭をはさんでコの字型のスペースに、1Fは古代から中世までの彫刻と古い絵画が年代順に並んで
最後に15世紀以後の甲冑・刀剣・銃があった。
2Fは家具・置物などの装飾美術館なので、ちょっと珍しいので、こっちのほうで時間をつぶした。

建物左翼は観覧しなかったが、別にチケットを買えば、中世の居間の状態のまま公開してあるようだった。

城を奥方向に出ると、跳ね橋の左右はふかい空堀であった。

城の公園を少し歩いて駅に戻る。 時間は4時。
今日はもう他所を見れる時間がなく、またドウオモ駅に戻って、また街を歩く。
duomoというイタリアの教会はどの町にもあるけれど、ここのゴシック教会は化けもの的に大きい。
周囲の景色は、ホテルを探す際に、半径500m位の範囲で歩いたので、だいぶ市内がわかってしまった。
ミラノの市立病院(の跡)が、ミラノ大学になっており、駅からそこに向かって学生達が吸い込まれていく。
イタリア有数の難関ということで、学生達の顔を拝見するとじゅうぶん大人でした。
このキャンパスの樹々は、緑の僅かなミラノに、貴重な緑地帯を提供していた。
ミラノも市内電車が和やかに走っているが、広い道路の割に車が少ないので交通に支障を生じていない。
駅に近道したら、細いとおりの脇にあった建物は、薄いビニールで覆われていた。遺構が発掘中されていて、
横のホテル看板が「Hotel Milano Vecchio(ホテル古えのミラノ)」。市街地の造成で発掘された遺跡がビジネスのネタ!
Duomo駅の北西の一角に "Nazionale","Commerziale" の付く大銀行が集中。通り過ぎる時に壁が長くてやらしい。
Duomo脇にレストランのたくさんある所で、あさっての帰り航空便のリコンファームをいれてみる。
しかし公衆電話の国際電話が通じない。日本向けのクレジット電話でつながったが、ここミラノではつながらない。
電話会社の番号を変え、公衆電話を変えして結局1時間ほど粘ったがあきらめた。
あとで、よく書類を確かめると、リコンファ−ムがいらないチケット・・・だった!
17時、あたりは暗くなり空気が冷えて来た。 先ほどから目をつけていた
目の前にあるレストランのオープン席に座った。メニューはさっき見たので
すぐ頼んだSpaghetti al Male(海の幸の)はすぐに出てきた。けど少なくて満腹しない。
la Galleria di Vittorio EmanueleU、通称ガレリアを、じっさい歩いてみると
非常に小さい商店街(奥行き50m程度)なので、日本のTVやガイドブックで
観光ポイントにしている理由が理解できなかった。
北隣のOPERAや西側のHotel Brunelleschi あたりのほうが、店は分散しているけれども
品物のジャンルや値段もいろいろで、おもしろい。でもローマや、フィレンツェほど店は多くない。
買い物はしないし、昼食抜きでいたので、la Galleriaというレストランで、2食目を食べた。
Zuppa di Verdura(野菜の煮込みスープ)だけ頼んで、みせのまわりを見ると
ウェイターragazzi が5,6人も出ていた。みんな美しく若い。外の何かを必死に追っていた。
いっしょに視れば、彼らの視線の集中先が、外を通る一人の女性であった。
この店の名誉のためコメントしておくと、場所がいいのにサービスがよくて、しかも混まない。
料理はすばやく出てきた。スープは具のほうが多くて食べ甲斐があった。(+.+)!
19時を回っていた。それ以上、繁華街にいても時間の無駄なので、
今夜のHotel Ascot、今回の旅で最も高い 170∈の部屋に帰った。
ミラノのDuomo付近はやはり、とても宿が高いのを実感したと思った。

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